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山内徳信氏について

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山内徳信(やまうち・とくしん、1935年2月15日 - )は、日本の政治家。参議院議員(1期)。前沖縄県出納長・元読谷村長。日朝国交正常化推進議員連盟幹事。

沖縄県読谷村出身。
1958年、琉球大学文理学部史学科を卒業し、沖縄県立読谷高等学校で社会科教員となる。
1965年、研究員として静岡県立島田高等学校に派遣される。
1966年、沖縄県立中部農林高等学校に転勤。
1973年、沖縄県立読谷高校に転勤。
この17年間の教員生活における教え子には、同じく参議院議員の糸数慶子がいる。
1974年、読谷村長に当選(6期)する。任期中、読谷村の土地の73%を占めた米軍基地を徐々に減らしていった。

村長に初当選した時は39歳で、権力と闘うために村長室に 憲法9条と99条の条文を書いた掛け軸を、相手に見えるように掲げた。現在でも村長室にはこの掛け軸がかかっている。

1997年読谷補助飛行場内に読谷村役場・村議会を移設、その後飛行場は2006年に全面返還された。
1998年1月28日、大田昌秀知事の下で沖縄県出納長に就任。
1998年12月9日、県出納長を退任。
1999年4月10日、山内平和憲法・地方自治問題研究所を開設する。基地の県内移設に反対する県民会議共同代表の1人。
2007年7月29日の参議院議員選挙比例区に社会民主党から立候補し、初当選した。
2008年4月10日、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の高得羽副議長が内閣府を訪れ、期限切れとなる対北朝鮮制裁措置の即時解除を求める福田康夫総理大臣宛の要請文を手渡しに行った際、高副議長に同行した。 出典: フリー百科事典ウィキペディア

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